漢方でなんとかしたい!

中医学講師30年。漢方や中華圏の文化とか書きます。

曹操の頭痛 中医心理学から考える(こころと漢方)

三国志 曹操の頭痛については「脳腫瘍」であったというのが現在の定説です。では三国志の時代、今から約1800年前に曹操を診た華陀は実際にはどのような診断をしたのでしょうか?
「頭痛は風痰が原因です。病根が脳の中にあるため薬を服用しても治らないのです。まず麻沸散を飲んで眠った状態になっていただき刃物で頭を切り開き、風痰を取り除くことで病根を断ち切ります」
ここで気になるのが①風痰、②麻沸散、③関羽の祟りです。
① 前のブログでも触れましたが、痰というのは中医心理学の臨床において大変重要な致病因素です。致病因素というのはそれによって疾病を誘発する因子です。痰というと咳をしたときに肺から出てくる粘液状の物質が頭に浮かびますが、あの「痰」が原因で疾病は誘発されません。中医学では咳の痰は狭義の痰として考えていますが、もう一つ広義の痰という概念があり、体の中を分布している体液がストレスや飲食の不摂生により滞り水から粘性のある痰という物質に変化すると考えています。これは身体の内部で起こる変化ですので咳の痰のように見ることはできません。故に無形の痰とも呼びます。
 胆は決断の臓腑で、胆が座っているとか胆が太いなど、度胸や心が落ち着いている状態
を表すときによくでてきます。三国志では姜維将軍の胆の大きさは一升枡ほどもある巨大なものであったと記載されています。精神的なストレスは胆の生理活動に影響を与え胆汁の分泌が悪くなりさらに消化管に影響を与え、消化管のなかの水分が滞り胆へと変化します。また脂っこいもの甘い物、酒の取り過ぎでも消化管が受けるダメージは同じです。この状態を「胆鬱痰擾」といい、ビクビクオドオド、驚きやすく動悸がする、不安感、不眠などの精神不安定な状態がでてきます。さらに重症になると「痰迷心竅」という状態になり精神抑鬱や異常行動、独語(つぶやき)、さらに重症にあると「痰火擾心」となり眠れない、顔が紅潮、わめいて暴れだすなどの症状がでてきます。痰は体の中を移動しペタッと臓腑や経絡にくっつきます。心臓の血管に着けば狭心症、経絡に着けば麻痺、皮膚に着けばコブ、ガングリオンなどなどです。胆や心など精神をコントロールする臓腑に着けば精神疾患がでてきます。
 曹操は殺した関羽や皇子や皇后などが血だらけで出て来る悪夢を見る、眩暈に苦しむなど精神状態はよくありませんでした。戦場でのストレスや肉や酒の多い食事が痰を生み、風(上昇する)と結合し心や頭部へ移動してくっついたのではないかと推測します。
 身体の中から出てこない痰を診断するのは精神状態と舌を診ます。舌が膨れ上がって苔が多いです。

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餅状舌。盛り上がり、苔がもっちり生えている。腑の詰まり。補薬は使えない。
 ②華佗の作った麻酔薬「麻沸散」の処方内容は残念ながら不明です。華佗の著書「青嚢書」には記載されていたのかもしれませんが華佗曹操に処刑される際に牢番の妻が曹操を恐れて燃やしてしまいました。
 世界で最初の全身麻酔で手術を行ったと認められているのは華岡青洲の1804年に行った乳癌の摘出手術です。彼の作った「通仙散」は曼佗羅華(チョウセンアサガオ)の実、草烏頭(野生のトリカブト)を主成分としていました。これはアメリカでジエチルエーテルを用いたモートンの手術より40年以上前のことになります。
 ③曹操の頭痛はもともと関羽の祟りとされていました。華佗を処刑してしまって手立てがなくなってしまってからは、部下たちは贖罪壇を設けることを進言します。祝由療法をしようとしたのでしょうか? しかし曹操はもはや神に祈っても助かる手立てはないだろうと悟りまもなく亡くなります。

 華佗の書籍は残っていませんが華佗の考案した健康法「五禽戯」は今でも伝承されています。華佗は「流水は腐らず、戸枢(戸のちょうつがい)はむしばまれず」の道理に基づき虎・鹿・熊・猿・鳥の動作を取り入れた身体を鍛える体操です。この動作で血脈の流れを良くし、関節の動きをスムーズにして気の流れを調えることができました。今でも「五禽戯」愛好者の大会が開かれています。

健身気功 五禽戯(世界チャンピオン表演)