漢方でなんとかしたい!

中医学講師30年。漢方や中華圏の文化とか書きます。

中医心理学では薬の名称にも一苦労(こころと漢方)

地竜はミミズ、李時珍の《本草綱目》では「蚯蚓」という名前で収載されています。日本でもミミズは優れた解熱効果があり乾燥させて服用させています。アスピリン喘息の患者さんはアスピリンや他の解熱剤の服用で発作が誘発されてしまいますが、このような患者さんにも安心して使用できます。

俗名で呼べば薬種はやすくなり《柳多留》

ミミズにはルンブロフェリンを含んでおり体温調節中枢の鎮静による解熱作用があり戦時中の医薬品欠乏時代には医師の間で重宝されていたようです。
本草綱目》を27年間かけて編纂した明代の李時珍は中国全土を旅して薬材の情報を集めました。ミミズについては「雨則先出、晴則夜鳴(雨が降ると出てきて晴れると夜に鳴く)」と述べています。「ジージー」と地面の下から響くような鳴き声は、ケラ科ケラの鳴き声でですが、ケラはミミズを食べるのでよく石の下などに一緒にいたのでしょう。石を退けるときケラは逃げてしまいミミズだけがのこったのでミミズがジージー鳴いていると思ってしまったのでしょう。 
誰もミミズの鳴くところを見たわけではないのですが李時珍の受け売りで日本では川柳にも詠まれています。

見かけよりも蚯蚓よほどいきな声 《柳多留》
俳句では「蚯蚓鳴く」は夏の季語になっています。
里の子や蚯蚓の唄に笛を吹く (一茶)
蚯蚓鳴く六波羅漢寺しんのやみ (川端茅舎) 

 さて中国の中薬学ではミミズは息風止痙薬です。痙攣を止め、中風後遺症の半身不随、口眼歪斜に他の薬物と配合して使用します。有名なのは補陽還五湯という王清任の処方です。半身不随で不自由になった身体の半分(五割)を還元するという意味の処方です。

 また近年では新鮮なミミズを洗浄して白糖を加えて服用し熱狂証に属す統合失調症の治療に用いています。「治療温病大熱、狂言、主天行諸熱、小児熱病癲癇」《本草捨遺》
 
 薬理学実験では肝陽上亢証の高血圧症に対して効果があることが確認されています。また白糖とすりつぶして急性耳下腺炎や慢性下肢潰瘍、火傷にも効果があります。
薬物としては大変有用なのですが臨床であまり用いられることはありません。
それは・・・・・・ミミズだからです。患者さんが嫌がります。姿かたちを想像してしまいます。

 宋代の頃、皇帝が四肢麻痺の病にかかりました。活洞賓という民間医が呼ばれ蚯蚓を蜂蜜ですりつぶし皇帝に飲ませまた四肢に塗布しました。皇帝は内服と外用で用いることができるこの薬はなんというかと活洞賓に訪ねました。もし蚯蚓などと答えたら皇帝は怒って殺されかねません。かれは「陛下は真の竜であられます。竜には竜を以て治療します(以竜補竜)。この薬は地竜と申します」と答えました。皇帝の病も完治し大変喜びです。
 以来 医者は患者の抵抗感をなくすために蚯蚓を地龍というようになりました。
 実は薬剤の名称による患者さんの心理治療の影響は大きく、不快な心理的影響を与えないために先人たちは薬物の名前を工夫しています。
  マイナスのイメージを無くす
   例)蛆は五谷虫、尿垢は人中白、蛇皮は竜衣・・・

  プラスのイメージを作る
   例)威霊仙、千里光、千年健、益智仁、合歓花・・・

 これらの工夫も患者さんが抵抗なく薬を服用してくれるための工夫でした。

 

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地龍として薬剤で使えるのはこの種類です