秋梨膏
《本草求原》に「秋梨蜜膏」の記載があります。(清代)
唐の時代、武宗皇帝が口乾舌燥、心熱気促の症状が続いていたが御典医は治すことができませんでした。
そこで道士が梨や蜂蜜、各種の中薬を煮て蜜軟膏を作ったところ、皇帝の病気は治りました。
以来、この道士の処方は清朝まで宮廷秘方になりやがて民間に伝わりました。
武宗皇帝は道教に傾斜していき、「廃仏令」を出しています。当時の道教による「丹薬(水銀)」による中毒で33歳で死亡しています。
当時は「朱砂(水銀)」は体を軽くする補薬と考えられていたのですね。
中薬学では朱砂は補薬である「甘味」になっていますがそうした歴史的な経緯からです。